たなべ:史子先生の小さなドラマ

突然ですが、僕は西川史子先生が好きです。そのきっかけになったのは数年前、僕がまだ1人で取材に行くこともなかった頃のお話です。
ある新商品の発表会に史子先生がゲスト出演しました。当時裏チャン編集部は未曾有の人手不足に見舞われ、誰かが風邪を引いた日には記者が1人もいなくなることまでありました。そのせいで、なんて言ったら失礼ですが、僕が1人で史子先生の取材に行くことになったのです。
「とても美人なお医者さんということで、今回ゲストに選ばれた感想は?」「ま、当然ですね」という挨拶で発表会はスタートしました。今じゃちょっと路線は変わりましたが、当時の史子先生は「年収4000万以下の男性とはお付き合いしない」と豪語し「私の魅力が分からないほうが悪い」とまで言う超高飛車なキャラクターでした。ブレイクのきっかけになったのもこのキャラのおかげでしょう。
一通り商品の説明があり、実際にそれを試してみた史子先生。「ま、いい感じですね。好きですよ」みたいな感じで会見は終了しました。そしてお決まりの囲み会見が始まります。そこで先生は酔っぱらって転んで足をケガして、自分で縫ったという話をしていました。そしてその後、会見がすべて終わり記者やカメラマンも撤収してからの出来事です。
ステージの前に史子先生が出てきて、周りのスタッフさんとお話をしていました。すると女性スタッフさんが、ステージ上から商品を1つ落としてしまったのです。彼女は下にいた若いスタッフに「拾ってよ」と軽く言ったのですが、実際に小走りに商品に近づいて拾ったのはなんと史子先生。カメラも回っていない、誰にもアピールできないところで「どうぞ〜」と言って、商品を手渡したのです。「あっすみません…」とスタッフさんたちは恐縮していました。
意外といい人なんだな、先生。そう思って僕は編集部に帰り、バカ正直に「商品発表会で史子先生がPR『私も大好きです!』」というような記事を書きました。ところが、次の日テレビを見ても新聞を読んでも「史子先生酔っぱらって転んで自分で手術!『誰もやってくれないし』」という具合にしか報じられていません。テレビも新聞も、新商品の説明なんてまったくしません。「そっか、芸能の記事はこうしないといけないのか」と、まだ素人同然だった僕は思いました。
ところで僕が最初に記事を書くことになった時、デスクが会議で「取材をしていると、そこには大きなドラマと小さなドラマがあります。大きなドラマはすでに用意されたドラマです。誰にでも分かるし、誰にでも書ける。しかし小さなドラマは、誰にでも分かるものではありません。記者の皆さんには、その小さなドラマを見つけてきて記事にしてほしいと思います」と、こう言っていました。
史子先生が酔ってコケて自分で手術をしたのは大きなドラマ、誰よりも率先して商品を拾ったのは小さなドラマだったのではないか…今、そう思うようになりました。
今の僕は、果たして史子先生が垣間見せていた「小さなドラマ」を記事にすることができるのでしょうか。普通に「誰も助けてくれない!自分でオペした史子先生」の部分だけを記事にするかも知れません。でもそれだったらバカ正直に「先生いい人だな」と思っていたあの頃のほうがまだ、いい記事を書けていたのかも…。
今じゃ年収うんぬんを超えたお付き合いという恋人ともうまくいってるようで、高飛車キャラでもなくなってしまいましたが、僕はそんな史子先生もやっぱり好きです。
《前へ 次へ》
■芸能!裏チャンネルTOPへ
(c)StockTech.Inc
(c)Time Inc.