志和:至高のヴォーカリスト

写真★PLAYS AND SINGS

今日は、アイドルの歌唱について話をさせていただきたいのですが、その前にまず私が学生時代から大好きな「歌手」マット・デニスを紹介します。1953年、ハリウッドの「タリー・ホー」というクラブで録音された「PLAYS AND SINGS」は、ピアノ弾き語り作品中、至上のアルバムとされる名作です。

ソングライター、マットの名曲の数々は、フランク・シナトラやジョン・コルトレーンといった超一流アーティストのプレイで知られますが、自身もマーガレット・ホワイティングやジョー・スタッフォードらのヴォーカルコーチをしたり、自演アルバムも残しています。
音域も狭く、声量もないマットですが、その自演アルバムはピアノ弾き語り作品の最高峰と呼ばれ、優れたヴォーカル作品とされています。なぜでしょうか。

もう一人、有名なピアニストの名前を出したいと思います。アルトゥール・ルービンシュタイン。幼少期からピアノの申し子と評され技巧に長けていた彼は、若き日、うまいけれど技巧任せな演奏を批判しまくられた時期がありました。最初は批判に耳を貸さなかったのですが、やがて自分の欠点を認め、その演奏は次第に内面性を深めたものへ変わっていきました。そしてついには「神に愛されたピアニスト」「鍵盤の王者」とまで呼ばれるようになります。コンサートの際は、客席の最前列の客の一人の顔を頭に焼付け、その人に語りかけるように演奏したそうです。

さて、音域が広く声量もたっぷりしたヴォーカルは気持ちのよいものですが、単純にそのほうがよいヴォーカルとして高評価の対象とされるのであれば、優れた歌い手はみなミュージカルのレッスンのような方向性で歌を勉強したほうがよいでしょう。しかしながら、十人の歌い手がいれば十通りの歌い方があったほうが、楽しいように私などは思います。

マット・デニスのように、たとえ音域が狭く声量もなくても、「個」の人生があますところなく伝わってくる味わい深いヴォーカルも、私は大好きです。そして、そういったヴォーカルが歴史に残る名作とされることも事実あるわけです。

優れた歌い手に求められることは、歌声がいかに会場全体に響くかではなく、心に響くかどうかでしょう。

歌唱技巧という面でなにかと肩身の狭い思いをすることの多いアイドルファンですが、10代のアイドルのほうが、熟練したヴォーカリストよりも効果的に伝えられることってあるはずです。歌には、歌い手の人生の日々が反映されますから、いまのアイドル歌手もこの先どんな生き方をしていくか、どのように歌が変化していくか、そんなことを見守りながら好きなアイドルを追いかけつづけるのも、ファンの楽しみの一つでしょう。

アイドルファンは「アーティスト」という言葉にコンプレックスを持つ必要など、一切ありません。

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